ももクロが国立競技場でのライブを果たした。
ももクロについて知らない人から,「ももクロのどこがいいの?」と聞かれることが多いが,僕はおおむね「そのストーリー性である」と答えることにしている。
しかし,それだけでは回答として不親切きわまりなかったと反省している。
ももクロのストーリーとは何か。
それは,成長の物語である。そのときどきに設定される高い壁を5人の少女が一生懸命に乗り越えていくお話である。
これだけだと陳腐に思われるかもしれないが,彼女たちの素直さ,一生懸命さをみていると,こちらまで一緒になって熱くなり,達成したときには涙を流すことになる。
しかし,紅白出場を果たし,国立でのライブを果たしたももクロに次の目標はできるのか。
モノノフたち自身,国立でのライブ後はしばらくその余韻から立ち直れなかったのだ。
国立ライブ2日目の最後の挨拶。
リーダーの百田夏菜子は,「もう大人は自分たちの前に壁を作ってはくれない」と言った。
そう,ももクロ自身もだんだんと大人になってきたし,なにより,国立ライブを2日間もこなすアイドルに壁を設定できる大人など,もう存在しえないのだ。
しかし,百田夏菜子は,「笑顔を届けることにゴールはない」と言った。
われわれは,いままで,ももクロが壁を乗り越えるごとに,感動したり,興奮したりしてきたが,思い返せば,最後には必ず笑顔になっていた。
ももクロのメジャーデビューシングル「いくぜっ!怪盗少女」の歌詞の中に「笑顔と歌声で世界を照らし出せ」という一節があるが,この子たちは,デビューからこの国立に到るまで,常に「世界に笑顔を届ける」ということで首尾一貫していたのだ。
ももクロにとっても,モノノフにとっても,国立ライブは素晴らしい経験だったが,それはゴールではなかった。笑顔を届ける過程,できるだけたくさんの笑顔を届けるための過程だったのだ。
はっきり言えば,この時代に生きていて,ももクロを観ないのは,「どうかしてるぜ!」としか言いようがない。
少しでも興味をもって,いろいろ観ていただければ,「どうやったらこんな子たちが育つんだろう?」との疑問にぶつかる。ももクロは,一つの育児論を提示している。
子どもが大人に成長していく過程で,一番尊ぶべきなのは「素直さ」だが,ももクロの「素直さ」は空前絶後だ。少なくとも,僕は物語の中以外で,こんなに素直に育った子どもたちを見たことがない。
僕は,ももクロの「笑顔を届けたい」という言葉に,何らの疑いも持たない。
素直な人の言葉は,素直に心に通ってくる。
もっとはっきり言おう。早くモノノフにならないと,ももクロが大人になってしまう。
無論,ファンにとっては,この子たちが大人になったとき,どんな活躍をするのかが楽しみでしょうがない。
しかし,ももクロという一つの物語を観るのなら,今しかチャンスはない。来年でも再来年でももう遅い。
これは,「ももクロのどこがいいの?」と尋ねてくる人たちへの,最後の注意喚起なのである。