先日、あるアンティークショップで、商品を万引きしたとする男性について、その店を運営する会社が、「返さなければ顔写真をホームページで公開する」と警告していた問題が大きな話題になりました。結局、同社は公開中止を決めました。その後、この万引き事件の被疑者が逮捕されています。この件では、中井弁護士が、このブログで既に書かれていましたが、私も気になったので触れさせてください。
今回の件は、ネット上で多くの書き込みがありました。私が見た限りでは、書き込まれた意見の多数派は公開賛成であったように見えました。内容もかなり過激で、「どんどん晒したったらええ」、「犯罪者に人権などは無い」、「ダメというのは犯罪者の人権を守りすぎ」、「悪いのは盗んだ犯人なのだから公開されて当たり前」などでした。
他方で、反対意見は、「100%犯人ならいいけど、もし間違っていたらどうするんだよ?」、「こんなのがまかりとおったら、私刑で何やっても許されることになるわ」などでした。中井弁護士も反対のご意見でした。
小売販売業者の多くが万引きで困っていることは十分に理解ができます。私の実家も店をしていましたので、この痛みはよく分かります。ただ、それでも、この問題は、やはり中止したことは正しい選択であったと考えています。むしろ、公開するぞと脅した行為自体が問題であったと思います。「(盗品を返さなければ)モザイクを外して顔写真を出す」と警告する行為は、脅迫罪になると思われるからです。また、顔写真を公開した場合は、万引の事実を広く公表することであって、名誉毀損罪が成立する可能性もあります。
こう言うと、「万引き犯を野放しにしていいのか」とか、「犯罪者の人権保護に重きを置きすぎ」などの反論を受けそうです。しかし、窃盗犯は、有罪となれば厳しい刑事処分だけではなく、賠償などの民事上の法的責任を負うことになるのは当然です。しかし、その犯罪に対して、犯罪で対抗する行為や、ネット上での顔さらし行為を自由に許していては、法秩序は成り立ちません。こういう行為は、法によらずに執行される「私刑(リンチ)」と言えます。
これに対しては、写真の人物が犯人である明らかな証拠があっても同じかという疑問を持たれるものと思います。特に、今回逮捕された人物と同一性があれば、この疑問意見を後押しするでしょう。この疑問を解くのはなかなか難しい点がありますが、成熟した市民社会ではこうあるべきだと思います。
そもそも、今回、犯人と指摘されている人物が真犯人かどうかというのは、本当は誰も決めつけることはできません。写真の人物でない可能性もあるわけです。過去の経験からしても、被害者側が、「あいつが犯人だ」と声高に叫んだとしても、よくよく捜査を尽くせば人違いだったというケースは多くあります。今回の店側の対応に賛同する論理は、そもそも写真の人物を「犯人」と断定して議論をしているように思います。
私が、この問題で、特に危惧する点は、私的公開が広がることの怖さです。今回のケース自体は、店側にかなりの証拠があっての行動であったかもしれません。しかし、かかる行為が広がっていく中で、もし、あなたの顔が、ある日突然、身に覚えがないのに、ネット上で万引き犯として公開されていたらどうなるでしょうか。私的公開が横行した場合に、そこには特段のルールもないために、店側の一方的な思い込みで犯人と断定されてしまう可能性があるのです。
以前に、防犯カメラの画像を根拠に、盗んだカードでガソリンを入れていた容疑者として逮捕された会社員が、実は誤認逮捕であったことが分かり、起訴が取り消されたことが大きく報道されました。警察の慎重捜査でも、このようなミスを犯すのですから、ましてや、一般の店での判断で犯人だとされた場合に、間違いが起きることは大いにあり得ます。これは、想像するだけで恐ろしいことです。これがもしネット上で公開された場合、情報が駆け巡るとともに、あっという間に氏名や住所などのプライバシーが暴かれてしまいかねません。これが万一間違っていた場合、もはやネット上に広がった誤った情報は、ほぼ永久的に消えません。仮に精神的損害を賠償してもらっても、ネット社会におけるその後の人生はどうなるのでしょうか。その怖さは尋常ではありません。それでも「私的公開」に賛成されますか?
(追記)被疑者・被告人の段階でメディアによる顔公表にも、本来問題はあるのですが、ここでは特に触れていません。)