東京臨海の工場跡地をマンション開発することになった。マンションの建築は順調に進んだ。竣工間近となったある寒い日の夜、東京では雪が降った。ロマンチックに降る雪は、珍しく朝になっても地面一面を白く覆っていた。純白の雪を踏みしめながらマンション建築現場にやってきた所長が見たものは、一面真っ黄色に染まった雪だった・・・
築地市場の豊洲移転の話題を聞いて思い出しました。この話は、私がちょうど21世紀になった頃、当時勤務していた建設会社の上司から聞かされた「噂話」です。六価クロムで汚染された土壌の上に雪が積もった場合、その雪が実際に黄色く染まるのかもわかりません。しかし、2000年代初頭には既に、工場跡地や射撃場等の土壌汚染が、このような噂話が出る程度には問題視され、建設関連各社は汚染土壌対策工事の開発に力を注いでいました。私が噂話を聞かされたのも、私自身がちょうど土壌汚染対策工法のプロポーザル業務を依頼されたからでした。
汚染土壌の対策工事は、各社様々工夫はありますが、大きく分けて4種類です。
一つ目は、汚染物質が地下水に溶け、かつ自ら追い出された場合には気体となる物質(揮発性有機化合物、VOC)の場合。金魚鉢に入れるブクブクのような空気を送り込む装置を汚染土壌の下部に埋め込み、地下水をブクブクします。すると、地下水から汚染物質が追い出され、地面の中から大気中に逃げていきます。これにより、土壌内の汚染物質の濃度は下がります。適用物質が限られますし、完全除去は困難です。
二つ目は汚染物質が地下水に溶ける場合。揮発性物質か否かは問いません。汚染された地下水ごと吸い上げて反対側から綺麗な水を入れます。汚染土壌の上流から水を注ぎ込み、下流で水を回収することにより、汚染土壌をすすぎ洗いするイメージです。これも適用物質が限られますし、完全除去は困難です。
この一つ目と二つ目は、汚染土壌と言うより、汚染地下水の浄化方法です。
三つ目と四つ目は土壌自体に対する対策で、重金属をはじめとしたどんな汚染物質にでも適用可能なのですが・・・これは技術と言えるのか?と当時は少々驚きました。
その三つ目は置換工法と呼ばれます。汚染された土壌をダンプで搬出し、どこかに捨てます。そして、綺麗な土壌をどこかからか持ってきて入れ替えるのです。当然、対策できる範囲は限られています。
そして四つ目は封鎖工法。汚染土壌にコンクリートや綺麗な土壌で蓋をしてしまう(横から漏れないように、土中に壁も作ります)。臭いものには蓋、にすぎません。しかも、その蓋がいつまでも健全とは限りません。
私はこの4種類の工法を知って、要するに、汚染土壌の対策というのは大変困難なのだと理解しました。せいぜい、法律上の基準値以下に下げる程度のことしか出来ないと。だから、出来るだけ対策をしつつ、多少汚染されていても(管理に失敗しても)問題が生じないような用途に用いるべきだ、と。
ですので、後に築地市場の豊洲移転の基本計画を知ったとき、耳を疑ったものです。なぜ、よりにもよって東京の台所を汚染土壌の直上に持っていく?老朽化する築地市場の移転先として、広大な敷地を確保する難しさはわかるが、なぜよりによってそこに移転するのだ、と。
現在、報道では盛り土の有る無しが問題になっていますが、正直そんなことは、安全性の面からは、どうでも良いです(こんなことを書くと有識者の先生方には怒られそうですが、盛り土で蓋をするのも、空洞にして計測・換気・排水による継続的管理を行うのも、対策の効果としては似たようなものです)。政治的責任を誰が取るべきかなんてのも二の次。問題は、そんな継続的管理が必要な場所に東京の台所を移転すること自体の危険性です。
当然のことながら、私ごときが想像するような危険性も含め、豊洲移転の危険性についての専門家の検討はこれまで大変な時間と費用をかけて行われてきました。しかし、その検討の中には、「移転不可」という選択肢はあったのでしょうか。
豊洲市場の土壌汚染対策は、ざっくり言えば上記の二つ目から四つ目の方法の複合技です(一つ目が行われたかは私の情報不足のため不明です)。二つ目のための施設である大がかりな「地下水管理システム」は、豊洲市場の供用後も稼動を続けます(そのため維持費も高額です)。盛り土や遮蔽コンクリート、おそらくは設置される換気装置等も土壌汚染対策の施設と言っていいでしょう。
豊洲市場は、これらすべての施設が設計通りに稼動すること、及び汚染物質が理論通りの挙動を示すことが前提で安全性が検討されています。しかし、このような前提が簡単に崩れ去ることは、福島第一原発、田老町の防潮堤等で、我々は何度も経験してきました。今回も東京の台所の食の安全という、極めて重要な案件ですから、前提が崩れることを前提として豊洲移転を再度検討しなければならないと私は考えます。