前回の投稿に引き続き、私は只今アメリカに留学中です。
そして、その留学先のカリフォルニア大学バークレー校の法科大学院は、ボルト・ホール(Boalt Hall)という建物で開講されており、ボルト・ホールは学校の愛称ともなっていました。しかし、この度、この愛称の廃止が決定され、建物の名前自体も改名されることが検討されています。
なぜこういうことが起きたのでしょうか?
欧米では、個人の顕彰のために人名を地名や建物に付けることが広く行われています。ワシントンDCは、初代大統領ジョージ=ワシントンの名前に由来し、サンフランシスコは、聖フランシスコに由来します。「アメリカ」の国名も探検家アメリゴ=ベスプッチに由来します。建物や部屋にも団体ゆかりの名前が冠されている場合が多く、時にはトイレにすら人名が付けられています。(トイレに名前を付けられた人は気分を害さないか心配になりますが・・・)大学の建物であれば、創設者や巨額の寄付者、著名な学者、卒業生の名前などが付けられたりします。しかし、ここ最近、複数の大学で、顕名されている人が、白人至上主義者であったこと等が問題視され、建物名等を変更する動きが広がっています。
さて、バークレーのボルト・ホールは、ボルト夫人が、弁護士であった夫の遺産を大学に寄付したことからつけられたものでした。ところが、最近になって、弁護士のボルト氏が、生前に中華系移民の排斥を主張するパンフレットを発行していたことが再発見され、それが問題視されるようになりました。(この経緯は改名の提唱者が論文に詳しくまとめています。Charles P. Reichmann “Anti-Chinese Racism at Berkeley: The Case for Renaming Boalt Hall”)パンフレットの内容は極めて過激であり、現代ではおよそ許されないものでした。バークレーは、全米一リベラルな大学であることを自負していることもあり、法科大学院当局は愛称の廃止を決定しました。その過去に対する姿勢は立派なものだと思われます。
もっとも、本件について違和感を覚えるところもあります。問題となったパンフレットが発行されたのは1877年のことであり、19世紀の人間に現代と同じ価値観、人権感覚は期待できません。日本でいえば幕末の志士の人権感覚を非難するようなものです。また、第14代合衆国最高裁長官である卒業生(アール・ウォーレン氏)は、その功績により、ある教室の名前となっていますが、実は同氏は、カリフォルニア州知事等として日系人の強制収容の責任者でもありました。ところが、同氏の名前を外すという動きは見られません。最も出世した卒業生を顕名しないという結論は大学としては取りえないにしても、日本人としてはやや複雑な思いです。
名誉を重んじた古代ローマでは、最も重い刑罰のひとつとして、総ての碑文等を削り取り歴史から名前を抹殺する刑罰、記録抹殺刑(ダムナティオ・メモリアエ)が行われていたとされます。本件からはある意味その名残を感じ、文化の違いを感じる出来事でした。