先日、縁あって京都産業大学法学部のK准教授のゼミにお邪魔させていただきました。
1 斬新な授業スタイル
法学部の授業というと、先生の一方的な講義を学生がただ座って聞いているというイメージかあるかもしれません。あるいはロースクールのようなソクラティックメソッド(先生が質問し学生をあてて答えてもらう対話型授業)の授業風景を思い浮かべる方もいるかもしれません。特定の学生が発表して、先生が突っ込む、そして残りの学生はとりあえず出席点稼ぎのために黙って座っているというゼミを経験された方も多いかもしれません。
Kゼミは、そういった予想をいい意味で裏切ってくれます。古典から最先端まで幅広い学問内容を扱いながら、授業の運営スタイルが大変実験的です。いうなれば「皆でゲームをして楽しみながら学ぶ」というスタイルのゼミです。ゼミ生全員が参加してゼミを創り上げています。このようなゼミを可能にする手法は、例えば企業において「いかに社員全員のモチベーションを保ちながら業績をあげていくか?」というような組織の運営課題に対して大変参考になる取組みだろうと思われます。
そこで、この日のKゼミの様子を、特別に大公開しちゃいます。
2 おそるべし、アイスブレイク
まず、Kゼミでは必ずアイスブレイクというものを実施します。
アイスブレイクは、いわば前座として、ゼミ生の間でゲームをすることで緊張を緩和し、授業本番に備えるための準備体操の時間です。アイスのように凍りついた状況を、溶かす(ブレイクする)ということですね。緊張感が異常に高いままのソクラティックメソッドの授業とはここが全く違います。
今回はアイスブレイクとして人狼ゲームを実施しました。
人狼ゲームというのは、グループの中に何人か人間のフリをした「人食い狼」役の人が隠れているので、その人狼に食べられてしまわないように、お互い探りあいながら誰が人狼なのかを見つけだすというゲームです。
「○○は普段こうなのに、今こんな答え方をするなんて変だ!」などと探り合う心理戦の応酬が、見ていてとてもおもしろかったです。
ただ、ゲームに参加している当事者の学生は、必死です。人狼役の人は露見しないように、一生懸命とりつくろわなければなりません。一方、人狼を探し出す側は、疑心暗鬼の雰囲気の中で自分が間違って人狼にされないように、自分が人狼でないことを何とか自分で“工夫”して説得する必要があります。また、人狼を見逃して食べられてしまわないように、他のメンバーとのやりとりを通して誰が人狼で誰がそうでないかを見分けなければなりません。
こうして、ゲームをしている中で自然に工夫する力や他者を説得するためのコミュニケーション能力や、他者の主張の真偽を見極める判断力が鍛えられることになります。
さらに、ゲームを通して同じゼミのメンバー同士が深く交流することで、他のメンバーの考え方や癖などその「人となり」を深く知ることができますし、いつの間にか他者に対して自己をアピールしていくことにもなっています。
また、このゲームは4つのグループに分かれてプレイしていたのですが、そのグループ分けについても、誕生日を使って分けるといった、交流を深めるためのちょっとした“工夫”がありました。お互いがお互いの誕生日を聞きあってはじめてグループ分けが可能になるので、“ちょっと気になるあの人”にも話しかけられる良いきっかけになると思います。
今回の人狼ゲームでは、結局、人狼(いわば犯人)として判断されたうち正解だったのは1人だけで、大量の冤罪が発生し(29人いるゼミ生の中で9人も)、大混乱というか大爆笑のアイスブレイクとなりました。
と同時に、冤罪がいとも簡単に生まれてしまう恐ろしさも体感しましたし、日頃のコミュニケーションのとり方を私も深く反省することになりました。前座とはいえ、“工夫”に富んだ非常に内容の濃いアイスブレイクでした。
このようにKゼミではアイスブレイクを上手に活用して、楽しみながらいろいろな能力を鍛えています。ソクラティックメソッドは学生を萎縮させてしまうことになりますが、それとはまったく違って、緊張を緩和することで学生それぞれがもっている実力を十分発揮できるよう手助けをしているのです。
まさに“工夫”ですね。気づいたら私までうちとけていて、初対面の学生たちのすぐそばにまでいって密着して見学できるようになっていました。
3 RPG(ロール・プレイング・ゲーム)で調停にチャレンジ
さて、次はいよいよ本題の紹介。
「今日のメインテーマは調停RPGです」と先生が発表した途端、学生の中から「面白そう!」という声が自然にあがりました。
今回学生たちがチャレンジしたのは建物明渡請求事件の調停です。要するに、賃貸人と賃借人の間でのトラブルの解決です。 「賃借人が家賃を滞納しているし、賃貸人に建物使用の必要性があるので出て行ってもらいたいが、賃借人は出て行かなければならないのかどうか」が問題となっています。
学生29人のうち、賃貸人と賃借人のロール(役)でプレイするのが3人ずつ。残り23人が6チームにわかれて調停委員の役です。調停委員役は賃貸人役・賃借人役の双方から交互にそれぞれの主張・言い分を聞き取り、法的な問題を考慮した上で、調停案を作成します。そして、その調停案を当事者双方に納得して受け入れてもらうよう説得し解決をはかる、というゲームになります。
ちょうど前座のアイスブレイクで鍛えたコミュニケーション能力と失敗から学んだ反省点を、ここで活かす必要があるわけですね。
学生たちは、「ちゃんと家賃はらってあげーや!」とか「こいつ(賃借人)いいヤツやねんから、もう少し部屋においてあげて」などと冗談を言ったりして、和気あいあいとしながら、でも真剣かつ熱心に課題に取り組んでいました。あらかじめ賃借人の役を割り当てられていたある学生はシナリオにびっしりとマーキングや書き込みを施すなど驚くほどしっかり予習してゼミに望んでいましたし、面倒くさがらずいちいち六法を開いて民法や借地借家法の条文をきっちりと丁寧に確認する調停委員役の学生もいました。
まだ法律を学び始めて間もない大学2回生3回生からなるゼミですが、鋭い質問がなされていたのに驚かされました。例えば、「賃借人はどうして家賃が支払えないのか」、「今後払えるのか」、「なぜここに住み続けなければならないのか」、「賃貸人は本当に建物使用の必要性があるのか」、「どの程度必要なのか」、「他の賃借人との関係はどうなっているか」などなど。単に「法律ではこうなっている」と調停委員が当事者に一方的に説明するだけで終わってしまうのではなく、目の前のトラブルを抱えた当事者各々がどのような状況に置かれているのかを、自ら働きかけてコミュニケーションをとって深く聴きとるところまで的確におこなっていました。
あとからK准教授に伺うと、普段のゼミで理論と実践の両面からADRや交渉術などについて学生同士で互いに教えあい学びあっているから、利害調整のポイントとなる点を学生自ら見抜く力が身についているし、状況にあわせてすぐに実践できるのだろうということです。
今回の事件の場合、仮に訴訟になれば、法的には賃借人は出て行く必要がない事案だったのですが、調停では、賃貸人がお金(立ち退き料)を払うことで賃借人に任意にでていってもらうという解決案も考えられる事案でした。RPGでは、法律論だけでなく双方の利害状況まで的確に把握した上で、賃貸人が引越代を払って賃借人に立ち退いてもらうという調停案をわずかな時間で(ゼミ自体が1時間半なので1時間もかかっていません)出したチームがあり、このチームは賃貸人・賃借人双方を納得させることもすぐにできました。最後に各チームの結果を比較して、「良い調停案が早い解決にもつながる」とK先生がまとめられており、実務家の端くれとしても「なるほどなあ〜」と感じさせられました。
同じ事件の解決に6チームが同時並行で取り組み、結果の違いをもたらす要因について比較検討するといったことは、実際の実務ではできないことなので、まさに大学という研究機関ならではの実験的な試みだと思いました(K准教授いわく「ゼミを“社会の実験室”と見立てている」とのこと)。
他にもこのRPGから学んだのは、賃貸人・賃借人双方を説得し納得させられる解決策の提案をするには、双方の利害状況をよく知らないといけないということです。双方の利害をよく知るには、お互いに上手くコミュニケーションをとる必要があります。そして上手くコミュニケーションをとるためにはいろいろな“工夫”が必要です。
そうした工夫を学生たちは状況の展開に応じて自ら考えだし、当たり前のことのように実践していました。これもアイスブレイクの賜物ですね。
4 工夫の積み重ねによって、人を動かす
Kゼミでは、アイスブレイクやRPGを使うなど学生同士のコミュニケーションを活性化するための工夫を様々にこらしていました。そのような工夫を絶えずいれて意識させることで、学生も自ら主体的にどんどん工夫するようになり、調停RPGでは深いコミュニケーションによって当事者の利害状況を的確に把握することができ、当事者双方を納得させられる一方的でも的外れでもない説得が可能となり、早期の紛争解決を実現していました。
しかも、コミュニケーションを活性化させる工夫は、ゼミ自体の活性化にもつながっています。あまりにも活気にあふれたゼミであることに、とても驚かされました。学生たちの積極的な学習参加はもちろん、授業前はいち早く教室に集まり授業後も自発的に居残りをして交流しつづけるなど、結束の強いゼミであることが手にとるようにわかりました。
今回アイスブレイクで実施した人狼ゲームは、昨年度のゼミ生たちが工夫して、最近テレビでも話題になっているものをKゼミ仕様にアレンジして創りかえたものだそうです。そして、他にも授業テーマに応じて使い分けできる別バージョンの人狼ゲームやその他の学習用ゲームが、これまでのゼミ生たちの手によっていくつも開発されているそうです。
K准教授は、楽しく学ぶことの醍醐味を味わえば、放っておいても学生たちは夢中になってどんどん主体的・積極的にゼミに熱心に関わるようになり、ゼミの発展に貢献するようなすごい成果をだしてくれるといいます。ゼミを通して学生たちが楽しく学んだ成果がゼミに還元されることで、ゼミという組織と学生がともに成長していく好循環ができあがっているというのです。
Kゼミは、紛争解決から授業や組織の運営まで、人を動かすにはどうしたらよいのか、その手がかりを教えてくれる刺激に富んだゼミでした。