昼食には、事務所近くのお店で取ることが多くあります。行きつけの蕎麦屋さんでは、よく親子丼を頂きます。この「親子丼」、私は、これを頂きながら、ときどき思い出す親子がいます。
どうして親子丼は、「親子」丼っていうのでしょうか。鶏肉と鶏の卵はいわば親子なので「親子丼」、豚肉と牛肉と卵だと他人ばかりだから「他人丼」だということですね。
しかし、それに用いた鶏肉と卵は、正確に言うと、必ずしも真の親子かどうか分かりません。流通の現場から言うと他人(他鶏)同士であるのが事実でしょう。
実は、親子かどうかというのは、人間社会でも問題になることがあります。産み落とした母親ならば、病院での取り違えでもない限りは分かるでしょうが、父親となると「多分」という注釈つきになってしまいます。このため、日本では、社会生活での基本的なルールを定めた民法という法律で、一定の定めをしています。
少し難しい話ですが、結婚して役所に婚姻届け出をした夫婦において、妻が出産をした場合や、夫婦が離婚した後300日以内に妻が子を出産した場合、生まれてきた子どもは、婚姻中の夫婦の間にできた子(嫡出子)と推定されるという定めが民法にあります。これを「嫡出推定」といいます。つまりは、夫婦として戸籍上いた間に懐胎したのは、その夫婦間での行為によるのが通常だからという考えのもとで、とりあえずはその夫婦の子どもとして扱おうという決まりです。
この嫡出推定のために、その妻が、仮に他の男性との間で授かった子どもであっても、役所にその子の出生届を出すと、役所では、子を産んだ妻の「戸籍上の夫」との間の子どもとして、戸籍に入籍されてしまいます。この場合、夫が、この子は自分の子ではないと思った場合は、原則として嫡出否認という手続きで訂正を行うことになります。
20年ほど前のことでした。ある日、工務店を営む中年で実直そうな社長さん夫婦と当時小学生であった男の子が事務所にやってきました。
お話を聞きますと、その社長さんは、片田舎の出身でしたが大阪に縁があって出てきてから大工仕事を覚え、今は小さいながらも工務店を営んでいました。
そして、その間に、同郷の女性と知り合って大阪で同居をはじめ、夫婦同然の生活をしていました。小学生の男の子はその間にできた子で、お父さん似の丸い顔をしていました。
ところが、さらに聞きますと、同居していたその女性には、かつて別の男性と結婚していたのですが、ある日、その夫が出稼ぎに行くと言って出たまま何年も行方が知れず困っていた際に、今回の相談者と知り合って同居に至り子までもうけたのです。ところが、その男の子の出生届を出すと、行方不明の夫との間の長男として戸籍に記載され、苗字もその夫の苗字になったのでした。これが、先に述べた「戸籍上の夫の子であるとの推定=嫡出推定」の定めからくる戸籍上のルールからでした。
その後、大阪で親子3人の生活をしていたのですが、相談者である社長さんは、血は親子なのに戸籍上は苗字も異なる他人のような関係になっていることを不憫に思い、女性が病弱であることから今のうちに何とか戸籍上も父子の関係にしたいという希望を持っているのでした。
このような場合、婚姻中に生まれた子どもであっても、夫が長期の海外出張や受刑、長期別居等で、妻が夫の子どもを妊娠する可能性がないことが客観的に明白である場合には、夫の子であるとの推定を受けないことになるので、家庭裁判所に親子関係不存在確認の調停の申立てをすることができます。
また、その調停で双方が夫婦の子ではないと合意でき、家庭裁判所が必要な事実の調査等を行った上で、その合意が正当であると認めれば合意に従った審判がなされます。
私は、戸籍の附表などを調べつつ、親族等に手紙を出しながら、懸命に行方不明になっていた戸籍上の父親を捜しました。大変な苦労をした結果、ようやく所在も分かって、ここでは詳細を省きますが、法的な段取りをいくつか経たうえで、最終的に戸籍上の親子関係も解消でき、何とか望みどおりの戸籍関係にすることができました。
家庭裁判所での手続きに父子と一緒に出向いた際に、一定の解決の目途がついてほっとしていたとき、依頼者であるその社長さんから、昼食を一緒にとのお誘いを受けて、子どもさんとも一緒に、裁判所近くの店に入りました。そのお父さまから、何になされますかと聞かれた際に、何気なくいつものように言ってしまったのが、「親子丼いただきます」でした。言ってから、親子関係の処理で来ているその親子の前で、なぜわざわざ親子丼を選んだのかなと思ってしまいましたが、そのときに父親と目があって、お互いに笑みが浮かび、互いに、あはは・・と、思わず笑い合ってしまいました。何となくほのぼのした思いで、3人全員で親子丼を食べました。
食べながら、我が子の食べ方に注意をする父親の姿を見ながら、そこに親子のきずなの深さを感じ強く感じました。ああ、よかったとも。
最近、実は、そのときの子が、別の相談のために、実の父親と一緒に事務所にやってきました。あのとき小学生だった子が、素晴らしい青年になっていて驚嘆しました。聞くと、今は父親の工務店を手伝いながら大工仕事をしていると教えてくれました。
お父さんも、戸籍上でも実の子となった息子が、自分の仕事を継がせることのできる安心感に満ちている感じを受けました。
その日の昼食も、いつもの蕎麦屋で親子丼を食べながら、懐かしく思う親子のことでした。