世の中には沢山の犯罪があります。同時に、大勢の被害者の方がおられます。そんな被害者が加害者に対して自分が受けた被害についての損害賠償をしようと思ったら。
加害者がある程度のお金を持っていたり、働いていたりすれば、きちんと被害弁償を受けられることもあるでしょう。しかし、加害者が無一文で刑務所に収監されてしまった場合はどうでしょうか。泣き寝入りを強いられることがほとんどだと思います。もちろん、犯罪被害者給付金や被害回復給付金により一定程度の給付がなされる場合はありますが、全犯罪が対象になるわけではありません。私自身も、刑事弁護をしている中で被害弁償をせずに、あるいはできずに有罪判決を受けている人を何人も見てきました。
しかし、被害者側としてはたまったもんじゃない!というのが正直なところだと思います。
このような場合、あくまで理論的には、ということにはなりますが、被害者が加害者に対して損害賠償請求訴訟を提起し、債務名義を得て、刑務所内で加害者が受領する作業報奨金を差押えることが考えられると思います。 費用対効果の問題もありますし、私自身も実際に作業報奨金を差押えた、などという事例は聞いたことはありませんが、仮に実行するとしたらどうなるのでしょうか。
机上の空論めいた部分があるかもしれませんが、色々と考えてみました。
1.被収容者は債権者にあたるのか
刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律(以下「刑事収用施設法」といいます。)97条は「作業の実施による収入は、国庫に帰属する。」と規定していますが、次条1項において「刑事施設の長は、作業を行った受刑者に対しては、釈放の際…にその時における報奨金計算額に相当する金額の作業報奨金を支給するものとする。」と規定し、「作業報奨金に相当する金額の支給を受ける権利」(「逐条解説 刑事収用施設法」(以下「逐条解説」といいます。)P480)を認めています。
2.差押禁止債権への該当性
(1)社会保障制度としての受給権については、民事執行法(以下「民執法」といいます。)以外の特別法がここに差押禁止債権を定めています。刑事収用施設法102条も、同法100条の手当金が差押禁止であることを定めています。 逆に言えば、法に差押禁止が定められていなければ民執法上の差押禁止に該当しない限りは差押が可能ということです。
なお逐条解説P479は、作業報奨金について譲渡禁止等がついていない理由について「作業報奨金が原則として釈放時に支給され、請求権が具現化する時期と支給の時期が一致するため、支給を受ける権利の保護が事実上問題にならないから」だと説明しています。 また、逐条解説P481は作業報奨金は受刑者の釈放の際にはじめて具体的な権利として発生し、「釈放前の段階では、作業報奨金の支給を受ける権利というものを観念する余地はなく、法100条の手当金の支給を受ける権利とは異なり、その譲渡し(ママ)、担保提供、差押えも観念しえない」と述べており、釈放の際には差押えが可能であることを前提にしていると思われます。
(2)民執法152条1項は給与等については4分の3は差押えてはならないと規定しています。
では、被収容者が刑務所内で作業したことにより得る報奨金はこれには当たらないのでしょうか。 これについて逐条解説P479は、「作業報奨金は、労働の対価としての賃金とは明らかに異なる性格を有し、作業(労働)に対する純粋な対価ではない。」と述べ、賃金性を否定しています。
このような性質からすれば、全額について差押可能となるべきだと思われます。 釈放後の更生資金としての性格はありますが、この点を理由に差押禁止とする条文がない以上は、全額の差押えはやむなしではないでしょうか。
ぐるぐると考えをめぐらしてはみたものの、実際には加害者の収容場所を特定することも容易ではないでしょうし、収容場所が特定できたとしても被害者が氏名・住所を明かして債務名義を得るというのも容易ではないと思います。本稿の趣旨からは少し外れますが、民事訴訟における被害者の情報の秘匿が十分に制度化されていないのもいかがなものかなぁとも感じるところです。