雑談の中で私が弁護士であるということを言いますと,刑事事件の話になることがあります。そして,「最近,昔に比べて殺人が増えましたねえ。」と言われることがあります。
この話には2つの誤解があると思います。
ひとつは,弁護士→刑事弁護という誤解です。
私は,以前は相当に刑事弁護事件を担当していたのですが,ある時期を境にあまりしなくなり,現在の私の仕事の大半は刑事事件以外が占めています。そういう弁護士は少なくないと思います。
もっとも,雑談でのことですので,私も適当に話を合わせたりしますので,この誤解はさしたる問題ではありません。
もうひとつは,「昔に比べて最近は殺人事件が増えている」という点です。統計を見る限り,これは明らかな誤解です。
殺人事件の発生件数や殺人事件による被害者の数は,毎年減っています。いくつかの統計があるのですが,例えば厚生労働省(厚生省)が発表している人口動態統計の中の「他殺による死亡者数」は,最大が1955年の2119人で,以後は概ね一貫して右肩下がりとなり,2013年には341人となっています。
警察庁が発表する殺人(殺人罪及び強盗殺人罪。いずれも未遂を含む)の認知件数も,
昨年,939件で戦後初めて1000件を割り,人口10万人あたりの認知件数も2009年に1を切って0.8程度となっています。
どうして減っているのでしょうか。
冒頭に書きましたように刑事事件の専門家ではない私には想像以外では答えることができません。何かの雑誌で,殺人事件を起こすのはどこの国でもいつの時代でも20~30代の男性が多いが,我が国ではこの層が起こす殺人事件が大きく減っている,と読んだことがあります。
納得できる気はしますが,ではなぜその層による殺人が減ったということの説明はわかりませんでした。罪を犯さなければ食べて行くこともできないという時代と比べて,現代の社会が相対的に豊かになったということは影響しているようのだろうとは思います。ほかにも,防犯の設備などが整ったということも言えるように思います。
一方,「殺人事件が増えている」という印象を持つ人が多いのはどうしてでしょうかとも考えます。センセーショナルな報道のあり方でそのような印象を持つだけかもしれません。ただ,私は,動機などがわかりにくい殺人事件が目立つことがひとつの原因ではないかと思います。
昔,東大で刑法を教えていた牧野英一教授(1878~1970)の刑法の本の最初には,「夫レ犯罪ハ生存競争ノ疲弊ナリ(全ての犯罪は生存競争の疲弊である)と書いてあったそうです(私は民法の大家の我妻栄教授の本の中でのこのくだりの引用を読んだだけであり,直接現物を読んでいません)。
不可解な殺人事件の報道に触れるたび,さてこの加害者は果たして何と闘っていたのだろうと考えてしまいます。