裁判の書類は大部になりがちです。
私が以前,キャリーバッグを使って裁判所に行くようになった頃は奇妙な奴と見られましたが,今ではそういう弁護士は珍しくありませんし,弁護士に限らず,多くの人が,空港やターミナル駅に限らず,街中でも使っています。
それで人に怪我を負わせ裁判で賠償が命じられた事故の判決の話をします(東京地方裁判所平成27年4月24日判決)。
事故は,京王井の頭線の吉祥寺駅で,日曜日の午後2時頃に起きました。
被害者(原告)は当時88才の眼鏡の修理のため駅ビル内のデパートに向かっていた男性,加害者(被告)は出張帰りの男性で,約10キログラムのキャリーバッグを,把手を30㎝ほど引き出して右手で曳いていました。
被害者男性は駅構内通路の右端を歩いており,壁に沿って右に曲がろうとしたところ,すれ違った加害者の曳いていたキャリーバッグが左の足首付近に当たって転倒しました。
被害男性は,腕と肋骨を骨折するなどの怪我をし,数日入院をしました。
裁判の主な争点は,被害男性の転倒が加害男性の曳いていたキャリーバッグに接触したものかどうかという点でしたが,裁判所は,かなり詳細に理由を述べて,「当たった」と認定しました。
そのうえで,「歩行者が,駅構内のような人通りの多い場所でキャリーバッグを使用する場合には,曳いているキャリーバッグが他の歩行者の歩行を妨げたり,それに躓いて転倒させることがないように注意すべき義務を負う」として,その注意を怠った加害者には責任があるとしています。
一方,被害者も,通行人の多い場所では対向の歩行者がキャリーバッグを曳いていることも予想されるから,として,25%の過失があるとしています。
加害男性に賠償が命じられた金額は約103万円でした。
判決は,要は「駅構内などの混雑した場所では,キャリーバッグは注意深く曳かなければならない」と抽象的にいうだけで,具体的にどうせよ,ということを述べているわけではありません。
ただ,この件のポイントのひとつは,やはりキャリーバッグを「曳いていた」という点にあるように感じます。
人はどうしても後ろには注意が散漫になりがちです。
また,車に例えますと,「車長」が長くなり,曲がるときなどの振れ幅も大きくなってしまいます。
少し持ちにくいけれど,「曳く」のではなく,体と平行にして持つほうが良さそうです。
また,被害者にも一定の過失が認められていますが,これだけキャリーバッグを使う人が増えると,使っていない人のほうも注意を払う必要があるということでしょうね。
ちなみに我が国の歩行者は,駅構内などではなぜか左側をあることが多い中,この被害男性は右側を歩いていたようですが,それはこの被害男性の過失の過失とは関係がなさそうです。
自転車事故もそうですが,この種の事故の怖さは,「保険でカバーされていないのに,時として,例えば死亡などの大きな被害・損害が発生する」ということです。
保険についても考える必要がありますが(この件でも,15万円だけ保険金が支払われたようです),日常に潜むリスクもよく理解しておく必要があります。